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長野地方裁判所 昭和39年(行ウ)15号 判決

原告 有限会社みゆき理髪所

被告 長野税務署長

訴訟代理人 福永政彦 外六名

主文

一、被告が原告に対し、昭和三八年一〇月四日、原告の昭和三六年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度の所得金額並びに法人税額につきなした再更正処分(昭和三九年五月一八日裁決により所得金額一八万〇九六六円、法人税額五万九六九〇円に減額されたもの)中所得金額につき一四万九八三二円法人税額につき四万九四三〇円を超える部分を取消す。

二、被告が原告に対し、昭和三八年一〇月四日、原告の昭和三七年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度の所得金額並びに法人税額につきなした再更正処分(昭和三九年五月一八日裁決により所得金額四七万六五八七円、法人税額一五万七一一〇円に減額されたもの)中所得金額につき三九万五二八〇円、法人税額につき一三万〇二八〇円を超える部分を取消す。

三、原告のその余の請求は、これを棄却する。

四、訴訟費用は、これを五分しその四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

原告主張の請求原因第一ないし第三項の事実はすべて当事者間に争いがない。

一、そこで、まず本件建物の取得価額につき判断する。

(一)  原告が本件建物をその従業員の宿舎にする意図で買い受けたこと、換言すれば原告が本件建物をその営業目的を遂行するために買い受けたものであることは当事者間に争いがないので右建物が原告の固定資産となることは明らかであり、法人税法上減価償却額を損金に算入することの認められる資産であることも明らかである。そして代金全部が建物の対価である場合にはその全額が償却資産の取得価額として損金に算入されるべきものではあるが、代金として支払われてもその中に損金に算入すべからざる性質のものを包含している場合にはこれを除いた額がその取得額となることはいうまでもない。

(二)  そこで、まず本件建物の客観的取引価額(通常の交換価格)が、原告の買い受けた昭和三六年九月一日当時いかほどであつたかについて考える。

原告が本件建物を、その敷地に定着させたまま使用する目的で買い受けたものであることは当事者間に争いがない。そして鑑定人足立綱彦の鑑定並びに当裁判所の検証の結果を綜合すれば、本件建物の取引価額は九八万二〇〇〇円(三・三m2当り約二万一五〇〇円)であつたとみるのが相当である。

被告は再更正処分において当時の本件建物の価額を四五万七〇〇〇円とし、関東信越国税局長は前記裁決において六八万五五〇〇円と認定したが、成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によれば右価額は本件建物が税法上耐用年数を経過した建物であることを理由に坪当り単価を前者においては一万円後者においては一万五〇〇〇円と見込んで算出した金額にすぎず、前掲各証拠に照らして低きに失するものといわざるを得ない。

原告は、本件建物が原告会社に隣接して存することからその営業上の利便を考慮し、購入の意思を強く示したので通常の取引価格に比して高価で買い受ける結果となつたものであると主張する。なるほど物の価格が需要者の特殊な事情から購入の意思が強ければ通常の取引価格よりもせり上ることは取引の常態といえよう。しかし、たとえ原告の右主張が事実であるとしても、原告において本件建物の購入意思が強く働いたのは、本件建物が原告会社に隣接しているとの場所的事情によるのであつて、原告が本件建物の構造〇由来等建物それ自体について特殊な価値を認めたからでないことは原告代表者尋問の結果により明らかであるから原告主張り右特殊事情が後記認定の借地権の価額を高からしめる要因となりこそすれ、本件建物自体の価値を通常の取引価額以上に高めさせる原因になつたものとみることはできない。

そして、他に本件建物の購入価格が前記取引価格と異ることを窺うに足りる証拠はないので、九八万二〇〇〇円をもつて本件建物の税法上の取得価格と認めるのを相当とする。

二、よつて進んで二〇〇万円のうち右取得価格を除くその余の分がいかなる出費であつたかにつき検討する。

原告が買い受けた本件建物は、地主鈴木宗太郎の借地上の建物であることは当事者間に争いがない。そして、証人鈴木宗太郎の証言と原告代表者尋問の結果を綜合すれば、本件建物の売主峰岡昭子は本件建物の敷地に対し、建物所有を目的とする賃借権を有していたこと、峰岡が本件建物を原告に売渡した後である、昭和三六年九月二日ごろ峰岡と原告代表者中村孝司は地主鈴木に対し、本件建物を売買したにつき、引き続き原告に貸してもらいたい旨申し入れたところ、鈴木はこれを了承したごとが認められる。

そうすれば、特段の事情がない限り民法第八七条第二項により右土地賃借権は本件建物の売買によりこれと共に移転し、これに対する地主鈴木の承諾があつたものというべく、原告は右土地につき完全な賃借権を承継取得したものとみるべきである。

この点につき、原告は、原告と地主鈴木との間に新たに賃貸借契約が締結されたものであり、前記二〇〇万円は全部売主の峰岡に支払われ、同人から地主に対しては金銭の授受がなされていないとして峰岡より借地権を譲り受けたことを争い、成立に争がない甲第九号証、証人鈴木宗太郎の証言により真正に成立したものと認める〈証拠省略〉によれば、原告が地主の鈴木宗太郎に対し昭和三六年七月一日付で土地賃借証書を差入れたことおよび峰岡が代金二〇〇万円全部を取得し、同人あるいは原告から鈴木に対し金銭の支払はなされていないことが認められるが、右証人の証言によれば、右証書は本件建物の売買がなされた同年九月二日以後に作成されたもので、鈴木と原告の間に、地代を値上げし、(坪当り一ケ月一三円五〇銭の従前の地代を二五円に改訂)原告が峰岡賃借中の同年七月一日に遡り、右改訂地代を支払うことの合意が成立したことに伴い作成されたものであることが認められるから、右証書が作成された事実は前記認定を動かす資料とするに足りず、また峰岡が代金全部を取得し、鈴木との間には金銭の授受がなかつたからといつて、借地権の移転がなかつたとすることはできない。次に、原告は長野市周辺においては借地権取引の慣行がないと主張するが、このような慣行がない故をもつて直ちに借地上の建物の売買に借地権の移転が伴わないとすることはできず、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

このように見ると、前記契約に関し、名義書替料、購入手数料等が支払われたというような特段の事情のない本件においては、前記二〇〇万円中に借地権の価額が包含されていることは明らかであつて、その価額は右二〇〇万円より建物の価格九八万二〇〇〇円を控除した一〇一万八〇〇〇円(3.3平方メートル当り約三万〇〇〇〇円)とみるのが相当である。そして成立に争いのない〈証拠省略〉および鑑定人足立綱彦の鑑定の結果を綜合すれば、右借地権の価格は、付近の相場ともほぼ一致することが認められる。

三、なお右借地権をもつて約定ないし法定期間の経過を基準として税法上損金算入をなしうる減価償却資産と認める余地があるかにつき検討するに、土地賃借人は借地法により更新請求権、法定更新、建物買取請求権等を有するほか、土地収用法により損失補償請求権を有するなど現行法上厚く保護されていることに鑑みれば、借地権の価額が時の経過とともに規則的に減少するものとは認められず、むしろ土地そのものと同様の性質を有するものと認められるから、借地権をもつて償却資産と解すべきではない。

してみれば、本件再更正処分(但し裁決により取消された分を除く)中原告がその取消を求める金額のうち、被告が、前記二〇〇万円の一部に借地権の対価が含まれるとして、原告の確定申告を否認した点は、前記認定の借地権取得価格の範囲内においては適法であるが、これを超える分については違法であるといわなければならない。

そして、本件建物の取得価格を前記認定のとおり九八万二〇〇〇円とすれば、原告の昭和三六事業年度の所得金額は、一四万九八三二円、税額は四万九四三〇円となり、昭和三七事業年度(但し、原告が自認する申告もれ所得八万二五四三円を加算)の所得金額は三九万五二八〇円、税額は一五万七一一〇円となることは、計算上明らかであるから、原告の本訴請求は、右各金額を超える分を正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきものとする。

そこで訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中隆 千種秀夫 清野寛甫)

別紙〈省略〉

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